トゥルーデおばさん 諸星 大二郎

トゥルーデおばさん
トゥルーデおばさん
posted with amazlet on 06.05.22
諸星 大二郎
朝日ソノラマ (2006/02/23)

換骨脱胎の実践

諸星大二郎氏の久しぶりの新作は、グリム童話の諸星異聞といった内容。残酷なもう1つのグリム童話の焼きなおしでは全くない。文字通り、諸星氏の手によって、グリム童話が換骨脱胎されて、新しい作品として生まれかわったという表現が似つかわしい。

おもうに、諸星氏がメジャーにならないのは、氏特有のペンタッチとともに、内臓が流れ出ていくような、これは幻想文学であれば特異なことではないのだが、曖昧模糊たる描写とストーリー性にも理由があるように思える。

諸星氏の作品はまさに、どろりとした内臓そのもので、その作品が成り立つためにはフォルムが必要とされる。
デビュー時の暗黒神話にせよ西遊妖猿伝にせよ、オリジナルから全く別の作品として生まれるためにも、諸星氏の作品には本家どりのオリジナルが不可欠なのではないだろうか。

荒俣宏氏の幻想文学評論によると、作者とストーリーのオリジナリティというのは,全くもって近代の幻想であって、
近世以前の物語は、作品のオリジナリティはないと断言でき、すべての伝承・物語が常にそれ以前の物語の本家どりだという。

まさに、諸星氏の著作活動は荒俣氏の理論を支持するにはふさわしい。

そんなことはともかく、せめて諸星氏の作品が、もっと上梓されないかと思うファンの心である。

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アメリカの軽さと重さ あるいは実話としてのスティーブンキング 心臓を貫かれて 村上 春樹

心臓を貫かれて〈上〉
マイケル ギルモア Mikal Gilmore 村上 春樹
文藝春秋 (1999/10)
売り上げランキング: 12,326
おすすめ度の平均: 4.67
4 壮絶
5 この世でない世界からの言葉たち
5 安易な回答や感傷を拒絶する

アメリカの軽さと重さ あるいは実話としてのスティーブンキング

本書は、村上氏が在米時に、奥さんが読んでいた本を借りてみたら、衝撃的で、本書を翻訳するまでに至ったという米国史上に名を残す殺人犯ゲイリー・ギルモアの実弟による評伝の翻訳である。

村上氏は本書によって、人生が変わるくらいのインパクトをうけたとの事で、その追体験をすべく、大書ではあるが、読み出すと村上訳にものせられ、いっきに読みこんでしまう。

ソルトレイクという米国の美しい都市が、その表面の姿の裏の汚点として、ギルモアという人物を生みだした地霊であろうと、著者である実弟は、兄のひきおこした惨劇の理由を、その土地と短いながらもそこに住みついた祖先の血脈から原因を導き出そうと、緻密に事実を掘り起こしていく。

実弟マイケルと翻訳者村上氏の努力にもかかわらずといってよいのか、あるいは、それが著者や村上氏の意図するところなのか、ここにあるのはスティーブン・キングの小説でもなければ、殺人事件の理由を明確に浮かび出す評論でも研究でもない。

ただ、重苦しい事実だけがライトなアメリカの重さとして、読後感を引きずる。村上氏のように、読む前と後で人生が変わるという事はなかったのは、幸いかもしれないが、少なくとも、村上氏が初期の作品から、昨今の社会へのコミットメントのスタンスを見ると、村上氏が描きつづけた日常世界の中の闇は、こんなところにも、見つかったという印象が強く残る。

説明によって成立している近代に生きる我々にとって、この理由のない惨劇というものを、どこまで受けとめていけるかということを本書は、そしてゲイリー・ギルモアは、ほくそえんで読者に示している気がする。

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世界は「使われなかった人生」であふれてる 沢木 耕太郎

世界は「使われなかった人生」であふれてる
沢木 耕太郎
暮しの手帖社 (2001/11)
売り上げランキング: 209,451
おすすめ度の平均: 4.25
4 映画好きには堪えられない
5 沢木にまさる映画評論はあるか?
4 映画評論集だが旅行記でもありルポでもあり...

ありえたかもしれない人生

本書は沢木氏の珠玉の映画エッセイ集である。若い頃から揺るぎない独自の観察力で、マニア向きという程ではないが比較的マイナー映画を、まるで、実在する人物の評伝のように、映画のあらすじをみずみずしく抽出し、そこに彼の観察眼による視点が一章ごとに、ささやかな人生論を余韻のように移り香のように、空間に放たれていく。

「使われなかった人生」とは、単に選択しなかった職業や恵まれなかったチャンスではなく、ありえたかもしれない人生として、まさに、読者に、一章ごとに「ありえたかもしれない人生」としてのヒトコマを、披露する。

巧すぎるタイトルに敬遠する読者にも、ささやかな装丁の本書をひもといてみれば、それぞれの章で紹介している映画が見たくなることと思う。

どれが貴方にとって、一番「ありえたかもしれない人生」だろうか。それは決して、すぎさった、他人の過の話に留まらない、未来の話かもしれない。

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久世光彦  一九三四年冬―乱歩

一九三四年冬―乱歩
一九三四年冬―乱歩
posted with amazlet on 06.03.02
久世 光彦
新潮社 (1997/01)
売り上げランキング: 79,447
おすすめ度の平均: 4.75
5 中年男の官能に静かな火をともす
4 乱歩以上に乱歩
5 香り、匂い

昭和の色気と気品

また、一人、敬愛する作家が世を去った。名前は著名でなくても、新聞記事を目にすれば、年輩者ならば誰でも知っている人物、TVプロデューサー久世光彦氏。「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」の演出をてがけた人物である。

これらの名物ドラマにも、おだやかに、したたかに、久世氏好みのレトロな昭和の甘美さをしこませていたが、演出家を辞めてからの晩年は、やりたかった事を我慢していたかのように、幻想小説、エッセイを精力的に執筆していた。

本書は、まさに、幻想文学の1つのモチーフの類型の如く、小説の主人公が怪奇小説の江戸川乱歩という設定である。スランプに陥った乱歩が、行方をくらました先で次々と出会う、甘美な人々との出会いという迷宮である。

乱歩もまた、世間の要望に応えて、大衆向けの娯楽怪奇小説を大量に執筆したが、マニアの好みはマイナーな初期の短篇の奇譚集であった事が、久世氏の創作活動と重なって幻惑を感じる。

思うに、田舎育ちのレビュアーにとって、東京の旧家、良家に育った作家には独特の審美感を感じる。それは、澁澤龍彦氏に代表され、事故氏した景山民夫氏であり、久世光彦氏であった。

久世氏のマイナーな作品としては昭和幻燈館もお薦めである。

向田邦子氏脚本とのゴールデンコンビのドラマはDVD化されているとのことで、こちらもぜひ観賞したいと考えている次第である。合掌。

向田邦子X久世光彦スペシャルドラマ傑作選(昭和57年~昭和62年)BOX
レントラックジャパン (2005/09/22)
売り上げランキング: 6,025
おすすめ度の平均: 4
4 向田邦子X久世光彦X田中裕子

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本朝幻想文学縁起 荒俣 宏

本朝幻想文学縁起
本朝幻想文学縁起
posted with amazlet on 06.01.22
荒俣 宏
集英社 (1994/12)
売り上げランキング: 1,533,894
おすすめ度の平均: 4.5
4 現代の百物語
5 前近代日本の幻想文学への神道、陰陽道の影響がよくわかる

前近代の物語に幻想文学と神道を読み解く

荒俣氏の著作としては、正当に評価されていないと思われる本書は、前近代の日本の物語の中に脈々と流れる幻想文学の系譜を説き明かし、南総里見八犬伝、雨月物語などのメジャーな著作から空海、古浄瑠璃といったマイナーなものまで百物語形式で、作者という概念のなかった前近代はすべての物語が、その作品以前のすべての作品をリメイク、換骨奪胎し、時代毎に繰り返し、再現されてきたという驚くべき事実を読者に提示する。

さらに興味深いのは、古代から近代までの物語の系譜の中に、神道、仏教、陰陽道といった前近代の思想原理が、巧みに埋め込まれているという事実、また、神道という本来、宗教というまでの原理をもっておらずアニミズムであったものが、仏教の伝来と大衆化に拮抗する形でナショナリズムとしての日本固有の思想として形成されていくという荒俣神道論が、本書で紹介する幻想文学物語と並行して語られている点にある。

神道論に関しては、その内容の精緻化を進めれば、学術研究書としても評価されてもよいものと思う。
もっとも荒俣氏の好奇心と博覧強記の博物誌はそんなタコツボ学問を軽々と飛び越えていくだろう。

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唐草物語 澁澤龍彦

唐草物語
唐草物語
posted with amazlet on 06.01.14
澁澤 龍彦
河出書房新社 (1981/01)
売り上げランキング: 598,310
おすすめ度の平均: 4.5
4 鏡の中、幽明のあわいへと引き込まれていく話の風韻が素敵です
5 夢の果実

幻想文学の入門書

幻想文学の泰斗といえば澁澤龍彦氏である。幻想文学とは何かと考えるに、聖と俗、日常と非日常、という文化人類学で定義するような、異界との境界に立ち表れる物語とでもいえようか。オカルトや精神世界とのボーダーラインでもある。レビュアーにとって興味深いのは20世紀の現代思想やその周辺の学問が明らかにしたところのヒトの生きている日常が、根源的には「コトバ」によって構築された、極めて不安定な薄氷の上にリアルな現実社会が成り立っている事を幻想文学は文学という表現によって、示していると思えることにある。

澁澤氏は明治の経済界を作った澁澤榮一の血をうけ、在野の文学者として、マルキド・サドやバタイユといった異端の文学を日本に紹介したのが初期の活動であり、その後、博物学的古今東西の物語、奇譚のエッセイ・研究を
経て、晩年は、評論、研究から凝縮されたエキスを絞りだすように、自ら独自の幻想文学の創作に力を注いだ。

晩年の澁澤氏の幻想文学で一番の好きなのは本書である。函入りで唐草のクロス装丁という、美本であり、古今東西の物語を換骨した、まさに渋澤ワールドの集大成たる短篇集である。レビュアーの好みは平泉の金色堂のたずねた主人公が現地で乗ったタクシーの運転手が藤原清衡であり、現実世界がいつのまにか、幻想の世界に変幻する「金色堂異聞」である。

指輪物語やハリーポッターなどのファンタジー系物語の読者にも、ぜひ幻想文学の世界への誘いとして本書をお薦めしたい。

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それゆけ茶人 チチ松村

それゆけ茶人
それゆけ茶人
posted with amazlet on 06.01.03
チチ松村
廣済堂出版 (1993/04)
売り上げランキング: 250,542
おすすめ度の平均: 4
4 風流に生きる

風流に生きる

異才中島らも氏と意気統合するくらいであるギターデュオ ゴンチチのチチ松村氏はその日常生活も変わっているを越えて”風流である”。風流に生きるとは、人生と生活で意味のないものにこだわりを持ち、人生の岐路に立たされたときも、風に身をまかせる。すべては風が決めてくれるので、自分は何の責任も感じないし、後悔もしない。

このような生き方は赤瀬川氏の眼にも似ているし、親鸞の他力にも通じるものを感じる。

本書は風流な生き方でであったお笑いエピソードの連続で、久しぶりに大笑いの一冊で、正月でもあり、また読みかえしてみた。気に入っているコラムを引用して、笑いをおわけしたい。内容の著作権は著者にあるが、その選択と品性に関してはレビュアーの責とするところである。

”...彼はキタナイことが大好きでした。たとえばxxxです。彼は、人前でないともったいなくてxxxはできないというのです。小学校のときからxxxには自信をもっていて、授業中に五十発以上して親が呼び出されたというのです。かつてxxxで呼び出した子はいなかったので、校長先生も困っていたそうです。普通ならば小学校ぐらいでおさまるのですが、彼はその後もますます頑張ったのです。満員電車の中で思いきりやったxxxが、ちょうどオシリのところにいた子どもの顔に命中し、子どもは泣き出すし、寒い朝、バスの中で一発大きいのをすると、となりにいたおばあさんが「なにもこんなところでしなくてもいいのに」と怒りながら窓をあけたりもしました。彼がスーパーマーケットでバイトしていたときのこと。エレベータで八階から一階まで行くまでの間、彼は一人でしたが、自分でも逃げ出したくなるくらいくさいxxxを連発しました。エレベータが一階につくと二十人くらいの人がドアの前で待っていました。彼はエレベータから飛び出してしばらく様子をうかがっていました。すると、閉まったはずのエレベータのドアがまた開いて全員が飛び出してきたというのです。”

失礼いたしましたm(__)m

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「三島由紀夫」とはなにものだったのか 橋本治が斬る

「三島由紀夫」とはなにものだったのか
橋本 治
新潮社 (2005/10)
おすすめ度の平均: 4
4 「電波男」に感銘を受けた人に勧めたい。

世界のミシマなる天才作家、三島由紀夫を斬る
レビュアーは三島の良い読者ではない。文章はうまいし、名声は高いが、古典のような敷居があるし、単的に言えば、義理で読むほどの好みではなかったからである。本書は天才ミシマを天才、橋本治が毒舌でどのように斬るのか、という意味で橋本ブランドで、立ち読みなしで購入した。

さすが、橋本さん流の複雑な事情により、文学全集の三島の担当を頼まれても、興味ないからやだ、と断り、文芸誌の三島特集で、義理で書き始めた、100枚の原稿が、続編、続々編と膨れ上がって本書の完成に至ったという経緯で上梓された。

橋本氏の三島への第一印象も、それこそ文学的ともいえるが、正直にはなんだかわからない形容詞を書き連ねた表現に、現実性を感じず、違和感をもったと記させている。橋本氏の才能は、興味ないもの、自分は関係ないもんと言いながら、その客体を抜本的に、全く、文芸評論家の引用なしで、自分の言葉で考察する点が魅力である。

単的に本書の結論は三島氏は、確かに戦後の日本の天才的知性の持ち主であったが、それゆえか、現実を私物化して、閉じた幻想文学にしてしまう。それは同性愛であり自己愛であり他人不在の思想であり、その袋小路が、不可解な四谷のクーデター決起による割腹自殺というセンセーショナルな形で、自分の人生の幕をおろさねばならなかった。

卑俗的なエピソードとしては友人の編集者が、三島邸の補修工事で見たアポロ像がチャチで驚いたという話に橋本氏は、そうだと思っていたと記し、また、三島氏が文学全集の選考委員だったときに、松本清張氏をいれることを強く拒んだことが、本書の骨子をうなずかせる一端だった。

橋本氏一流の結論展開は三島とともに戦後文学は終わったでなく、21世紀が始まったと結ぶところだろう。

文壇とはつきあいがなく、桃尻娘流あけぼの草子にはじまった古典の再評価が、地道に源氏物語や平家物語の現代訳や日本美術史の再構築を手がけている橋本氏の仕事が、正当には評価されていなかったが、タイトルに三島の名前がついたせいなのか、本書は小林秀雄賞受賞という、文壇も評価せずにはおられなかった力作といえよう。

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東京タワー リリー・フランキー

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
リリー・フランキー
扶桑社 (2005/06/28)
売り上げランキング: 214
おすすめ度の平均: 4.82
5 感動
5 いったいこの人は!?
5 お願い

憧憬としての東京タワーと母への想い

リリー・フランキー氏は同世代であり、自分が若いときの糸井重里氏や坂本龍一氏のように、若者の強い支持を得ているイラストレーター本業のサブカルチャのマルチタレントである。本書はりリー氏の母にささげる自伝とでもいえようか。東京タワーはリリー氏には父もそうだったように田舎の若者を吸寄せる都会の象徴であり、自堕落で友人宅を転々とし、ようやくイラストレーターとして自立したリリー氏と田舎から呼び寄せた母との蜜月の象徴であると思う。炭坑の全盛期の終わった筑豊と父方の祖母の小倉を行き来し、貧乏な少年期を過ごす。東京にでたリリー氏は大学も行かず自堕落な生活。それなりに豊かになった日本を同時代として過ごした読者として、この貧困の記述は悲惨さのない明るさに満ちたものではあるが、貧乏がテーマとして成り立たなくなった現代の小説としては稀有であり、奇妙な読後感を持った。それ以上に、リリー氏の愛情が伝わる母への思いが胸をつく。母の入院のお病院の記述は柳美里氏の命シリーズに似たリアルに満ちている。21世紀の小説で東京タワーなどというと泉麻人氏のような都会育ちのレトロのイメージさせるが、なぜか、小説の内容の時代背景の憧憬として妙にはまった題名である。リリー氏が母、父をよぶ、オカン、オトンという方言が余韻として残る。
帯のべた誉めはちょっと似合わない気がする。
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かくれ里を旅する  白州正子の世界

かくれ里を旅する 花の巻 白州正子の世界 VHS

紀伊國屋書店 (2000/04)
売り上げランキング: 244,666

やまと心を感じる

ビジネス・経済書の紹介数が減って、そのレビューを期待されているビジターの方がいたら申し訳ないです。読書量は数倍に膨れ上がったのですが、もっぱら専門書のため一般に紹介するには妥当でなく、もっぱら、雑食で書かせていただきます。

白州正子さんは、祖父が西南戦争で官軍として戦った樺山伯爵というお姫さまで、米国留学もしていて、ご主人は吉田内閣でブレーンの仕事をし、オープンカーでドライブという、戦後の庶民からはかけ離れた女性だった。何しろ子供のころから、骨董の好事家の祖父の世代とつきあい、青山二郎、小林秀雄という伝説の時代を知っているだけにその審美眼は、なかなか庶民の体得できるところではない。そんなわけもあって、彼女に対してはニュートラルな立場を感じていた。鶴川の住まいの武合荘もたずねてみて、書籍に掲載されている逸品と数々とその環境のすばらしさに納得しながらも、かたや民芸好みのお金持ちの農家ごっこという感もあった。

白州さん好みの奈良の葛城古道を歩いたことがある。万人好みの名勝ではないが、確かに、古代の日本人の嗜好の一端が感じられた。本作品は、その白州さん好みのかくれ里を紹介したビデオである。交通の便の悪いところだけに、この値段で白州さんの感性が味わえるのは高くないと思う次第。

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