ダメな教師の見分け方 戸田 忠雄

ダメ教師の見分け方
ダメ教師の見分け方
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戸田 忠雄
筑摩書房 (2005/07/06)
売り上げランキング: 7,464
おすすめ度の平均: 3.75
5 かなり厳しい現実
1 他に誰かいなかったのか・・・
5 全ての人に勧める教育の書

トリックスター校長先生多いに語る

奇しくも、高校時代、インターハイをめざしていた部活動と公民の授業の恩師と同姓の名を目にして読んだ一冊である。ちょっと由緒ある「ちくま」には似つかわしくないタイトルのネーミングに、抵抗はあったが、内容は恩師の弁舌をおもいださせる、根源的ラジカル、毒舌あり、かつ、箴言にあふれた作品であった。

著者は、数少ない民間の教育現場経験者として、現在、内閣府の教育改革諮問の規制改革・民間開放推進会議の専門委員に抜擢され、いわば教育という聖域の構造改革に、力をそそいでいる。

著者とその委員会の主張は明確で、教育サービスを享受するユーザーである生徒と親が教員や学校を選択・評価するバウチャー制度の導入を精査しながら導入を提言している。

レビュアーは、過保護の時代に、PTAから教師への注文の多さには、教師の方々にシンパシーを感じるものであったが、本書での学校の実態を読んで、民間出身の辣腕実力者の校長先生が、なぜ、自ら辞職したり、自殺してしまったりするのか、その背景のいびつにゆがんだ学校空間に、校長役などの権限なく責任だけで、教育委員会及び文部省と教職員に板ばさみされた職務の、悲惨さには、自らの無知さを多いに反省させられるものであった。

本書のタイトルが、内容の品格にそぐわずにも、読者の目をひこうとするのも、無理はない。著者が言うには教育論は、出版事業としては、ペイしないとの事である。まず、教育の専門出版社はユーザーである教師の悪口を書くような本は出版できない。一般の教育熱心な保護者は、受験や教育に役立つ本は購入しても、教育論など興味をもたない。おまけに、教育現場の経験のない教育研究者は指摘な的をはずれていると。

企業という組織は、資本経済の上に成り立っているため、いくら組合が強くても、社長をつるし上げて、方針を潰していくなどという事は到底ありえない。ところが、教育という犯すべからず聖域では、第三者の権力介入もなく、(何しろ学問の自由・独立であるのだから)、いかに素晴らしいソサエティであるかと思えば、そうではないのであった。

当然の事であるが、現場の教師からの本書への反論ぶりは、予想できるところであり、いたる所で批判を目にすることができる。学校の現場を見たことのないレビュアーとしては、戸田先生が本書に克明に記した事実関係の記述を信ずるものとしたい。

著者の学校改革の奮闘ぶりの記述と共に、そのトリックスター的行動ぶりと、文書にちりばめられた古今の文献・警句にも多いに楽しむことができた一冊である。

霞ヶ関での著者の言論活動をインターネット上に見つけることができたので、あわせて記しておきたい。本書と変わりない歯に衣着せない弁舌ぶりが楽しめた。

http://www.kisei-kaikaku.go.jp/minutes/wg/2005/1012/summary051012-01.pdf

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貧乏クジ世代 香山 リカ

不思議な共鳴

精神科医エッセイストの香山リカ先生による本書は、日本経済の絶頂期やバブル経済の後に、社会人となった、団塊ジュニア層が、すでに終わってしまっていた楽しい時代と直面する経済の閉塞感に対して、生まれてくる時代が悪かったと、祭りの後のポスト・フェストゥム感覚を抱いているという、社会統計や自らの臨床経験に基づく、指摘の書である。

知る限り、これまでの著作では触れなかった自らの研修医時代や同僚や大学時の友人が、論文やエッセイでデビューしていく事に焦りや劣等感を感じていた事などにもふれ、一回り若い団塊ジュニアの世代が直面している現状と、著者が経験した社会的障壁に大きな差はないにも関わらず、嫉妬や劣等感をバネに行動することや、自分の生きている現実の社会で起きている問題に揺り動かされない無関心に、疑問の目を向ける。

不運の原因を精神世界の大衆化した血液型や占いに求めているのも彼等の類型と記す。

精神分析型の社会評論としては、雑誌への連載としてかみくだいて論じているせいか、切れ味鋭い一冊とまではいかないのだが、著者がとりあげる貧乏クジ世代の思考・行動には、違和感のない不思議な納得感を抱かせるものがあり、余韻の残る読後感であった。これも同時代に生きるゆえの共通感覚だろうか。

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コンスタンティノープルの陥落 塩野 七生

コンスタンティノープルの陥落
塩野 七生
新潮社 (1991/04)
売り上げランキング: 7,786
おすすめ度の平均: 4.79
5 2通りの体験
4 教科書1行の真相
5 実況レポートのような歴史物語

甘美な映画のような戦争絵巻

ライフワークの超力作「ローマ人の物語」で読書界では不動の地位を得た塩野七生氏は、外国人であっても、自国民以上に、その国の研究を成し遂げうることを、我々に強く示した。その塩野さんの初期作では、ベネチアの物語と本書の含むエーゲ海三部作が秀逸である。

本書は東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルがオスマントルコの若き皇帝マホメッドにより陥落する戦争を克明に描いた甘美な歴史絵巻である。500年前の歴史が、まさに映画のようにビジュアルに浮かびあがってくる、その記述とプロットの技は巧である。

読者には、あまりのリアルさに、原書の翻訳か、リメイクではないかと思ってしまうが、エンディングに至って、舞台裏を見せるが如く、登場人物の出典が、それぞれ歴史上の文献から、塩野さんの緻密な資料調査で、選びだされ、魂をこめられて、あたかも目の前の生身の人間のように描かれたことに再度、感銘をうけるであろう。

複数の主人公が一人、一人、離れた地で登場し、敵・味方・中立の証言者として、コンスタンティノープルに集結し、クライマックスへと突入していくストーリーは映画のように読者をひきつける。近代戦史のような苦渋に満ちた壮絶さはここにはないが、それは時間がそうさせるのか、読者にとって救いなのか。半世記では答えはでないが500年たって答えがでるものもあるような読後感を持った。

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突破者―戦後史の陰を駆け抜けた50年 宮崎学

突破者―戦後史の陰を駆け抜けた50年〈上〉
宮崎 学
幻冬舎 (1998/12)
売り上げランキング: 51,236
おすすめ度の平均: 5
5 全共闘悪漢小説 半生記
5 たちまち宮崎学の大ファンになりました
5 戦後の激動の時代を、仁侠魂で生き抜く男の前半戦!

全共闘自伝悪漢小説

久しぶりのパンチの効いたノンフィクション。いまや、裏社会と反体制思想の経験に基づいた異色の評論活動をしている宮崎学氏。かつては、グリコ森永事件の重要参考人として警察の容疑者候補の本命とされた彼の半生記自伝のノンフィクション悪漢小説。火のない所に煙はたたないのもよくわかる。著者の顔を見ればインテリやくざとはこういった人なのか、一見して納得する。経験は顔に露呈するものだと思う。京都のやくざの跡継ぎとして生まれ、若衆に囲まれアウトサイダーのトレーニングのような幼年時代を過ごし、早稲田大学時代は共産党の分子として、警察、公安、全共闘と抗争し、その後、稼業の解体屋の後継ぎにもどる。

ところが解体屋の経営は倒産寸前で、そのやりくりのため法律違反すれすれの悪いことを数々。バブル時代の地上げ代行も手がけ、発砲され入院したことも。警察から目をつけられ、グリコ森永事件の重要参考人として逮捕寸前までいった。事実は小説より希なりという一例か、昨今はフィクションよりもノンフィクションの悪漢小説がおもしろい。

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乃木希典 福田 和也

乃木希典
乃木希典
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福田 和也
文藝春秋 (2004/08/26)
売り上げランキング: 62,574
おすすめ度の平均: 4.33
5 組織論における「賢」と「貴」
3 弱さと有能のなさの象徴としての考察
5 乃木の不在が日本の低迷である

人徳と現代日本を考えなおしてみる

気鋭の評論家、福田和也が上梓した本評伝は、予想外にも、乃木希典であった。

乃木大将の一般人の認識は日露戦争で活躍した日本軍大将。司馬遼太郎氏は「坂の上の雲」の中で乃木氏は大将の才覚はなく、盟友の児玉源太郎に助けられて、攻撃の失敗の繰り返しで屍累々だった二百三高地を攻略してもらったと、乃木神話を否定した。その後、司馬氏の乃木論には賛否の議論が続き、現在に至っている。

無能で物資の補給もなかった当時の弱い日本の象徴であった乃木希典に福田氏は再評価を試みる。

レビュアーは福田氏の良い読者ではないのだが、著者は乃木の生涯を検証することで、完璧な人格と徳の人であろうとした人物として乃木の歴史上の意義を考察する。レビュアーにはこの考察が、若干ボリュームに欠ける面も感じ、十分には納得、理解はできなかった。

ただ現在の日本も世界経済、外交で弱さを露呈し、ベストセラーでも徳という言葉が1つのキーワードになっている時代性の中で、現在、乃木氏を語ることには何か、ヒントがある気がする。それは決して、乃木氏が明治天皇に殉死した事を肯定するわけではないのだが。

何か共通のヒントとして表紙の凛として洒脱だった彼の肖像とともに心に残った。

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ロウアーミドルの衝撃 大前 研一

ロウアーミドルの衝撃
大前 研一
講談社 (2006/01/26)

大前マニフェストの集大成

大前氏の著作とは長いおつきあいになるが、やはり、大きな感銘を持ったのが「平成維新」だった。しがらみと癒着で、ドロドロしたイメージしかなかった政治の世界にも、今でいうならばマニフェストである政策を論旨と、数字で、エンジニア出身の大前氏ならではの発想をもってして、新技術の発明のように、政策を立ち上げる、その明快さに多いに納得させられた。評論に留まらず平成維新の会として政治活動にも自ら、参加し、その活動には多いに期待した。

都知事戦の敗退は大前氏にとっても、大きなショックだったことは、いくつかの著作の中で述べているが、残念なことに、市民には身近な景気と福祉という私利が優先され、国家の政策などは、わからない事が多く、プライオリティが低かったのであろう。

政治活動断念後の大前氏の著作活動は、もっぱら、思考力、問題解決能力に注力している。これは、大前氏の次の世代への平成維新のための育成と教育を期待しているからにほかならない。

そして、本書はこれらの活動、政策を集大成した大前研一マニフェストとなっている。個々の政策実現上は、それぞれ課題が生じることは、当然のことで、それは実践の場で、それぞれの人々が問題解決力を駆使して、解決できるものであり、まずは、その骨格となるマニフェストを一読されて、そのできばえを堪能してほしい。そして国民ひとりひとりが、マニフェストの持論をもてるようになった時、はじめて、実質、二大政党制になっても、マニフェストによる政治家、政党への支持、不支持という視点がもてるだろう。

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金ではなく鉄として

金ではなく鉄として
金ではなく鉄として
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中坊 公平 武居 克明
岩波書店 (2002/02/25)
おすすめ度の平均: 5
5 元気が出てくる本
5 雲の上の著者が身近に感じられる必読書
5 間違いない!

弱さが強さ

弁護士中坊公平氏の半生を記した本書は朝日新聞掲載時から興味深く読んでいたが、単行本として上梓され、読みなおして見ると、あとがきにも記されているように、劣等生、弱い人間と自己分析する中坊氏が、弱さを原動力として、弱者がいじめられていると自分のことのような思いが高まり、考えるより先に混乱した現場に入り、まさに、当事者に化体していく。

それが、歴史に残る森永砒素ミルク事件から豊田商事事件、住宅金融債権管理機構まで携った半生に至っている。何が正義という定義があいまいになり、強者と弱者の二極化の進む現代において、正義の御旗や成功報酬ととは一線を画し、弱者を助けるという司法の原点が、不正のニュースに鈍感になってしまった読者には、改めて新鮮に感じさせられる。
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自動車絶望工場―ある季節工の日記

自動車絶望工場―ある季節工の日記
鎌田 慧
徳間書店 (1973/12)
おすすめ度の平均: 3
3 労働者ルポの元祖

過酷労働の今昔を考える

社会派ルポライター鎌田慧氏の名前を世間に知らしめたロングセラーのルポである。トヨタ自動車での製造ラインの非人間的な過酷な労働の日常を淡々と批判をこめて記述している。
70年代と現代では労働者を保護する法律や環境も異なるとは思うが、著者の視点の労働者と会社を単純な勧善懲悪のイデオロギーに染まった批判するスタンスにはいささか疑問も感じた。例えばラインの生産性を改善するQC活動についても、著者は無気力で、自助努力での改善意欲を感じさせないからだ。活気のある現場が企業を作った側面は全くなかったと言いきれるのか、気力もなくなるくらい過酷だった故なのか、著者の主観・思想ゆえなのか、それは不明である。

30年前とは異なるより競争と金の結果がすべての時代と比較してみるのに良い材料と考える。

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下流社会 新たな階層集団の出現

下流社会 新たな階層集団の出現
三浦 展
光文社 (2005/09/20)
売り上げランキング: 362
おすすめ度の平均: 3.02
5 下流と上流の違い
5 なってきた
3 社会の現状を理解する手がかりが得られる。

収入が人格でないはずだが

タイトルの過激さは、いかにも光文社のつけそうな、ネーミングである。希望格差でもなく、不安の時代でも、キャピタルフライトでもなく、はっきりと下流社会である。中流の時代の終焉をあからさまに象徴している。
 経済構造と価値観の転換期に、収入と人格な相関があるのだろうか。それが本書の率直な印象である。確かに日本が経済的にトップであった時期、高貴なるものの義務として、お金もちの公益的活動が、かつての米国の置く大富豪がそうだったように、求められた。あるいは故事いわく、衣食足りて礼節を知るであろう。しかし、解決の糸口なしに、マーケティングのデータだけで下流社会という見も蓋もない、表現には一端の疑問を感じる。

 何が正しいか、世論も、現代思想も語ることが困難な時代である。間違いなく断定できることは、既存の処世ルールが機能する保証はなく、誰もがわからない時代を、自分で考えた自己規範で、生きていくことしかない。ビジネス雑誌に必ず登場するのが脱サラして、給与が半減し、今まで得られなかった生きがいを感じたという,パターンの(演出の余地はぬぐえないが)囲み記事である。そんな記事にさえ、否定できない時代である。下流社会というネーミングはあまりにも、救いのない言葉である。

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遠野物語 これを語りて平地人を戦慄せしめよ

遠野物語―付・遠野物語拾遺
柳田 国男
角川書店 (2004/05)
売り上げランキング: 9,520
おすすめ度の平均: 4.67
5 吉本隆明に霊感を与えた名著
5 伝説
5 「平地人を戦慄せしめよ」

これを語りて平地人を戦慄せしめよ

民俗学は明治時代、農務局官僚の著者が作り出した学問である。研究の対象は、前近代の日本の一般の人々の暮らしである。

例えば、西洋美術史をひもとけば、絵画の被写体はその時代において描くに値するものであった。それがキリストであり、宮廷の皇帝の肖像であった。風景画や街の人々が描写の対象になるのは、近世になってからである。庶民の生活風景など美術家にとっては存在しない如きものであった。

同様の事が民俗学にも言える。柳田氏が目を向けるまでは前近代の庶民の暮らは、学門の対象の価値として認識されない。国家の近代化によって初めて、柳田氏は前近代の日本を客観的に研究の対象として見ることができたのである。
そして柳田氏を中心として国内の民俗研究のネットワークが形成され、民俗学は市民権を得るに至る。

遠野物語は民俗学の黎明期の柳田氏の作品であるが、遠野に伝わる伝承を地元の佐々木氏からインタービューして完成されたもので、内容は学問というよりは平凡な民話の集成である。

”国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。”

一読、平凡な本書の序文の本文は柳田氏の非常民への関心を示すと共に、民俗学の魅惑を凝縮している。この戦慄から民俗学は学問として息吹を得たのだ。

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