先生はえらい 内田 樹

先生はえらい
先生はえらい
posted with amazlet on 06.06.18
内田 樹
筑摩書房 (2005/01)
売り上げランキング: 46,611
おすすめ度の平均: 3.64
5 生徒や先生はもちろん、親御さんにぜひ読んでいただきたい
5 大人ですが、目からうろこが落ちました
3 ちょっと冗長。読むのがしんどい。

コミュニケーションにおける「わかりあえない」幸福


内田先生のエッセイは評判どおりの書きっぷりだった。中高生の読者を対象としたわかりやすい平易な語り口のスタイルで、ラカンの哲学という難解なテーマををあえて、要約してしまうのではなく、わかりにくいまま論じている。このわかりにくさを伝えることが自体が「先生はえらい」というテーマの答えを示すところになっている。

さて、先生は何故えらいのかといえば、学ぶということが全く、生徒という主体の主体的行為であるがゆえ、先生がえらいとは、同義反復にほかならないと理解した。すなわち、生徒が誰かに学ぶ価値をみつけたとき、その人はえらく思えるし、先生に値すると思うのである。

本書の記述でいえば、先生は、まさに白馬の騎士とは正反対に、学ぶ意志のある生徒の前に浮かびあがる者である。本書の「先生」と「弟子」の関係は、上下関係だけに限定されるものではなく、そのまま水平方向のコミュニケ-ション論につがる。内田先生のコミュニケーション論に従えば、コミュニケーションは、まさにお互いの手探りのボールの投げ合いであり、誤解のキャッチボールである。本心をうまく吐露することができたという満足感が得られたとき、実は、相手の逐次の反応に応じて、相手が聞きたいことが語られていたのだというパラドックスのがあることに気がつく。

要約してしまうならば、コミュニケーションはわかりあえない限り続くことができる幸福である。一方が「わかって」しまったとたん、コミュニケーションは終わってしまう。誤解の続く限り、幸福は先送りで持続するといえようか。

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宝の地図 アースダイバー

アースダイバー
アースダイバー
posted with amazlet on 06.04.09
中沢 新一
講談社 (2005/06/01)
売り上げランキング: 127
おすすめ度の平均: 3.92
4 レイヤーで捉えるユニークな東京論
3 東京異形地図?
5 乾いたところ、湿ったところ。

宝の地図

中沢新一氏が捧げる本書は、現代の首都たる東京を、新石器時代(日本では縄文時代)の、温暖化のため、水位が現在よりも高く、東京の半分までが、海にうもれ、フィヨルド状の地形をなしていた地図にマッピングして、読者にスリリングな考察とビジョンを提示する。

縄文時代から遥かなる歳月をへて、江戸、明治の遺物と、天災、戦火によってスクラップアンドビルドされ、純然たる近代都市として設計された東京の細部の辺境に、新石器時代の影響を見ることができる。それは、過去から現在に至るそれぞれの時代ごとに、聖域であり、死のにおいの空間であり、古墳であり、墓地であり、神社仏閣であり、これらのスポットが見事に、新石器時代のフィヨルド状の海岸に臨んだ位置にあてはめられるのであった。

フィヨルドの入り組んだ海岸は、現在も川として、その地理的痕跡を残すとともに、沼、池などの水にちなんだ地名を今の時代にも残している。巻末に折りこみでつけられたこのフィヨルド状のマップは、まるで荒俣宏が収集した西洋の脳の解剖図譜のような、それだけでも、圧巻的な存在感でドキッとさせるに十分で、しばらくの間、マップから目を離すことができなかった。

中沢氏は友人に誂えてもらった、この新石器時代の地図を片手に、東京を東から西へと自転車でフィールドワークする。これが、沖積層の地表をもぐって、新石器時代の洪積層へとダイビングするアースダイバーのコンセプトと実践である。

長年。都市の散策を趣味の1つとしている読者としては、これは、素敵な宝の地図の贈り物である。確かに、街角を1つ曲がった、盲腸のような異様な感覚を感じるスポットを経験することは少なくなった。

中沢氏は、まさに、宗教人類学の類型として捉えられる、異界と現世との接点に異文化の衝突が発生する事を、新石器時代の海岸線の彼方とこちら側と境界に位置する都市のスポットをフィールドワークしていくのであった。

すでに、ネットワークの世界でも、アースダイバーの同好の士が、赤瀬川原平氏等の提唱した路上観察学会のように、活動をはじめているようだ。

想像力と検証の題材として、こんな素敵な贈り物は、インディ・ジョーンズでもなければ手に入れられないはずのものである。かのタモリ氏も、氏一流の感性で、坂道美学入門、なる本を上梓しているが、どうしても気になる坂道は、きっとアースダイビングのスポットになっているであろうと、波を待つサーファーの気分である。

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アナーキズム―名著でたどる日本思想入門 浅羽 通明

アナーキズム―名著でたどる日本思想入門
浅羽 通明
筑摩書房 (2004/05)
売り上げランキング: 124,693
おすすめ度の平均: 4.09
4 現代の視点からのアナーキズム
5 アナーキストたちへの共感とツッコミ
5 シュールなアナキズム

思想オタク浅羽氏の変貌を感じる

80年代後半のニューアカディミズムブームの終焉期、浅羽氏は見えない大学本舗主催、ニセ大学マニュアルの著者として思想界、読者の前にオタク世代の思想家として登場した。

振り返ってみれば、一歩先ゆく同好の士であり、同時代を共有した感を強くもつ。

デビュー初期にはまさにオタクといえるくらい思想を中心とした学問、書籍を紹介を行い、大学のつまらない講義を払拭するように学ぶ事の楽しさをニセ学生マニュアルで唱え、続編ではその読者や著者自身に対して、書籍に没頭している様をオタクと自分自身を含めて批判していた。

ニューアカ以降の浅羽氏の著作活動は明確には把握していなかったが、本書によって浅羽氏が思想オタクからの自ら思想を生み出している変貌を感じた。

本書の内容はアナーキズムをキーワードに著名人としては大杉栄、超難解な伝説の埴谷雄高、農本コミュニズム、キャプテンハ―ロック(アニメを必ず取り上げるのが著者らしい)笠井潔の無政府資本主義まで、一見バラバラな思想家をとりあげて、共産主義崩壊の世界の中で、自由と反権力という永遠のテーマを近代日本思想史としてまとめあげようとしている。

浅羽氏にとっても本書はアナーキスト列伝としてまとめた形となっているがが、近代日本思想史の草稿ノートの感もあり、今後の展開を期待したい。

注釈ノートにはマイナーな思想家、著作家が大勢でてきて、さすがに蛸壺の専門学者を凌ぐオタクぶりは健在である。

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僕の叔父さん 網野善彦 中沢新一

僕の叔父さん 網野善彦
中沢 新一
集英社 (2004/11)
売り上げランキング: 8,763
おすすめ度の平均: 4.27
5 入門書として最適
5 中沢新一の作り方
5 網野先生と中沢家の三代にわたるコラボレーション

中沢一族の土壌から生まれた網野史学

中世民衆の研究から、日本の歴史学を民衆の視点で再構築した故網野善彦氏の、甥である中沢新一氏による網野歴史学の成立の過程を記した追悼の一冊。

中沢氏も初期の著作の中で、在野の民俗学者であった父(厚氏)の事や叔父にあたる網野氏の事に言及していたことはあったが、それは単に記した程度であった。個人的にも友人が自分の友人の父が網野氏であって、中沢氏との関係を聞いていた。

本書では、中沢新一氏を生み出した研究者を連ねてきた中沢一族と、そこに義兄弟として関わるようになった網野氏と中沢親子、さらに別の叔父にあたる精鉄氏の研究者、護人氏等による知的なディスカッションの中から網野史学が生まれた事がよくわかる。バタイユ、レヴィ・ストロースから戦前の日本の歴史家の名前が次々とでてくる親子、親戚の会話など、なかなか一般庶民の親族の集まりではありにくい話であるが、まさに中沢一族という甲州の肥沃な土壌が網野氏学を確固たるものにしていく過程が客観的に記述されている。(著者本人が本書は、将来、網野氏の評伝を手がける方がいれば、その参考になるようにと、よく覚えているものと、感心するほど、親族の会話を正確に記述している)

中沢一族が網野氏を生み出すとともに、網野氏が中沢新一氏の思想の大きなバックボーンとして支えになっていたこともよくわかる。中沢氏の評価はともかく、網野氏の評価も、学会という保守的な組織の中では、十分に理解されていないことも意外ながら本書で知った次第である。

かつて、東大教授であった西部邁が中沢氏を教授に推薦し、教授会では採決されず、辞任した事件から察するように、学者の先生たちは、自分の理解できないものを客観的に評価する能力は持ち得ないのであろう。

中沢氏の著作は、デビュー当時から論文ならぬ散文調であり、論文数重視の学会の評価は図るべしである。

本書で著者が述べたように、網野善彦氏と中沢新一氏は中沢一族のコラボレーションと言えよう。

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超バカの壁 養老 孟司

超バカの壁
超バカの壁
posted with amazlet on 06.02.07
養老 孟司
新潮社 (2006/01/14)

もうこれで十分と思うが、養老センセイへのFAQ

養老先生には、もう世間に語っておきたい事は十分、執筆しつくしていると思うのだが、”脳の都市化”の意図するところが、よくわからない読者のために、という企画で、ベストセラーの連作として本書は上梓された。内容は、編集者が、養老先生に投げかけられた質問・疑問、よくある質問へのFAQとして、単純、アフォリズム化して、誰にもわかるような表現で構成されている。

参考になる読者には、まだまだ十分に、参考になる著作と思うが、すでに養老センセイのいわんとする事を理解された読者は、それでもまだわからない事は、センセイの著作を読めば、答えを安易に、他人に求めるのでなく、自分で考えるべきことと理解されているはずで、ベストセラーに煽られて読むまでもないであろう。

わかりやすく使用とした編集者の編集が、その分、センセイの本意からはずれてしまっている面も感じる。やはり書き下ろしの”無思想の発見”の章が秀逸。

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ご本人

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他力 五木寛之

他力
他力
posted with amazlet on 05.10.23
五木 寛之
講談社 (2000/11)
売り上げランキング: 22,923
おすすめ度の平均: 3.83
3 時には他力
5 「はげまし」から「なぐさめ」へ。
4 五木寛之氏の”風にふかれて”

鎌倉時代のボブディラン

往年のベストセラー流行作家の五木氏の著作活動も、近年は宗教や人生論に注力されて、若い読者層には関心が薄くなっている感がある。本書も近年の五木氏の人生論の一冊であるが、日本が世界に誇れる思想としての鎌倉仏教の法然、親鸞、蓮如を中心とした「他力」の思想を、自己のこれまで著作では沈黙してきた過酷な青年時代の経験に言及しながら、平易に説き明かしている。

市場原理や自己責任の時代を乗り切るには自己の力だけに頼るのは不可能であり、他力の風に身をまかせる人生観の転換の必要性を淡々と語っている。鎌倉仏教が現代ビジネスの社会にどれだけ、役にたつのか疑問に思う読者も多いと思うが、ボブディランの名曲”BLOWIN' IN THE WIND”のいうように”風に吹かれて”みるのも1つの選択肢と感じさせられた。

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教養としてのロースクール小論文―講義録

教養としてのロースクール小論文―講義録
浅羽 通明
早稲田経営出版 (2005/06)
売り上げランキング: 7,646
おすすめ度の平均: 4.33
5 思想家浅羽氏の知の博覧強記
3 内容は割と良いけど。
5 受験対策本の範疇を超えた面白さ

思想・評論がこんなところで役にたつんですね


著者の浅羽氏はニューアカディミズム後期、司法試験合格するも法曹界には進まず、”みえない大学本舗”なる自主ゼミを主宰し、評論家としてデビューした。処女作の”ニセ学生マニュアル”ではまさにオタクといえる現代思想を中心とした学問と書籍を紹介し、つまらない大学の講義に幻滅する学生に学ぶ事の楽しさを啓蒙し、続編ではその読者や著者自身に対して、書籍に没頭している様をオタクと自己批判していた。

レビュアーは先を進む浅羽氏の評論は多いに参考になったが、浅羽氏の著作に一貫するオリジナリティはなかなか掴みにくい感もあった。

本書は浅羽氏が長年講師を勤められた学校での、ロースクール小論文対策講義の講義録を元にした著作である。本書のユニークな点はロースクールが受験者に求める知識・教養がそのまま、浅羽氏の博学な評論になっているというため、結果として実用書として出版された本書が浅羽氏の評論作品になっている点である。
ロースクール受験者には、本書をきっかけに幅広い教養(死語のような気もするが)を身につけていただきたく、一般読者にも現代を生き抜く智慧を学びとってほしい。

近年、アナーキズムやナショナリズムの視点で評論活動にオリジナリティを感じる著者の今後の活動にも期待したい。

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名著!栗本慎一郎氏の過剰蕩尽理論 パンツをはいたサル

パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か
栗本 慎一郎
現代書館 (2005/04)
売り上げランキング: 71,298
おすすめ度の平均: 5
5 80年代を代表する、よみがえる一冊。

名著!栗本慎一郎氏の過剰蕩尽理論 

全くの個人的なる思いであるが、いつかは本書をブックレビューしたいと思っていた、私を知の世界に誘ったきっかけは本書の初版である。大変うれしい事に増補版として出版に至った事は感慨深く、現代の古典として広く読者に読まれることを強く期待したい。栗本先生は朝ナマ激論番組でTVデビュー、国会議員も務められたが、脳梗塞で倒れられ、文筆活動も止まっていたが、現在もなお大学で研究を継続されている。

さて、「パンツをはいた」という比喩は近親相姦、カニバリズムなどを禁止するヒトという生物固有の法律や憲法など文書化しなくとも、暗黙的に認められている規範のことである。現代社会に加速している過剰な金もうけと消費の行為の原型を、栗本先生はマルセル・モースのポトラッチ(2つの部族が互いに大事にしている富を破壊する儀式)に見出し、バタイユを引用しヒトの”過剰「・蕩尽”理論として経済人類学を展開した。

民俗学でいうところのハレとケの聖と俗が近代社会では村の風習から個人の消費行動へ変遷し、パンツをはいて規範を守る日常性とパンツをぬいで規範を破る非日常性を現代社会にもみいだす。

知のエキサイティングを教えてくれ、今なお風化していないレビュアーベスト1の名著である。
ぜひ多くの方に読んでいただきたい。
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他人と深く関わらずに生きるには 池田清彦

他人と深く関わらずに生きるには
池田 清彦
新潮社 (2002/11)
売り上げランキング: 154,139
おすすめ度の平均: 3.5
3 経済社会システム論としては論理矛盾がある
4 君子の交わりは淡きこと水の如し・・・他人との付き合い方

ボランティアはしない方がカッコいい

ビートたけしと小学校がほぼ同期で、往年の彼の毒舌をしのばせるリバタニアンの構造生物学者,池田清彦氏のエッセイ。タイトルに匹敵する過激な内容であるが、卑屈な哲学者の愚痴よりも、痛快納得の自由主義の一冊である。

概要を紹介は章の題名にも十分現れている。病院にはなるべく行かない。心をこめないで働く。国家は道具である。退屈は人生最大の楽しみである。 ここではボランティア批判を原文で引用して紹介に代えたい。

「イヤイヤやるボランティアは、実はされる側にも迷惑だということも知ってほしい。…たとえばボランティアで老人ホームに劇や楽器演奏をやりに行く人がいる。中には楽しみにしている老人もいるかもしれないが、いやいや駆り出されている老人もいるに違いない…ヘタな芝居を見せられ、ヘタな演奏まで聞かされて、今日は疲れたなあ、もうカンベンしてほしい。…慰問している人たちは、どこかのホールで有料の演奏会をして義理以外で入場してくれる人がいるかどうか、一度考えてみたらいい。ほとんどお客さんが来ないようであれば、今度老人ホームに行く時はただではなく老人たちにお金を”払って”見ていただくようにしましょうね。」

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ネアンデータル人と仏教と普遍経済学 対称性人類学 

対称性人類学 カイエ・ソバージュ
中沢 新一
講談社 (2004/02/11)
売り上げランキング: 13,842
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 4.25
2 共感できる結論ではあるが
5 方向性を判断できる一冊
5 非対称な毎日だから

 ネアンデータル人と仏教と普遍経済学(バタイユ)

カイエソバージュシリーズの完結編である本書では、シリーズ総括として、「対称性人類学」を提唱し、新たに世界を切り拓く思想宣言をする。

シリーズの著作の中でも触れられてきたが、中沢氏の冒険的思考実験の背景には近年の認知考古学が研究成果の科学的根拠がある。中沢氏の解釈ではネアンデータル人がすでに獲得していた、脳内の博物的知能、技術的知能,社会的知能に、現生人類ではそれぞぞれの認知領域を横断するニューロンが結合され、流動的知性が生まれ、ものごとの同質性、象徴的な思考のできる「こころ」が形成されたのであった。

本書におけるエキサイティングな論考の1つは仏教を”野生の思考”(レビィ・ストロース)の”洗練された発展形”とする中沢氏の冒険的考察である。何しろ中沢氏は大学院生時代、チベットで密教の修行を経験しており、仏教の論考には体験に基づく重みがある。

(自然との)対称性の思考=野生の思考では神話的思考では”空間”を越え、自然と同質な霊力や動物との異種婚姻が神話の中に読み取られた。一方、仏教思想では”時間”を超え、自然と同一な心連続体を意識し、動物の母性愛を経典で語っている。このような形で4万年前の野生の思考は2千数百年前に形成された仏教に現出していたのであった。

また、バタイユが贈与の究極形態のポトラッチから見出した“死に至るほどの生の高揚”をベースとした普遍経済学を、カイエ・ソバージュシリーズで定義した純粋贈与と同質のものである事を唱える。

純粋贈与を備えた資本主義がどのように新しい経済学として実現できるか、それが対称性人類学が切り拓こうとする出発点である。対称性人類学と中沢氏の研究活動にこれからも注目したい。

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