ガルブレイス氏

五月に入り、ガルブレイス氏の訃報とともに、同氏の名前と著作名で、アクセスいただく数が急増しました。新聞の訃報記事を読み返してみると、ケネディ政権でインド大使を務めたとのことで、まさに20世紀の世界経済を体感された巨匠であることがわかります。

あらためて、自分には、氏の業績と著作をレビューする資格は、もちあわせていないことを認識した次第です。

ただ、ガルブレイス氏を弱者を庇護した経済学者という、美しい言葉で語り終えてしまうメディアの言説には、いささかひっかかるものを感じました。世論が弱者の味方を求めているがゆえに、弱者の味方の経済学者として祭り上げてはいないでしょうか。

もし、バブル景気のまっさかりであったならば、市場原理に賛同しなかった、過去の人物として論じていたような気がします。

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臆病者のための株入門 橘 玲

臆病者のための株入門
橘 玲
文芸春秋 (2006/04)

バランス感覚と地に足のついた投資セオリー

黄金の羽根の拾い方で日常生活を、バランス感覚のとれた等身大の投資経済で観点でクールに説き明かした橘氏による株入門書。読者を煽ることなく冷静に、投資というギャンブルを分析しながらも、そのギャンブルとのかかわり方の実践まで、すっきりと披露した好著である。少なくとも本屋にいって、株入門書をあれこれと買いあさって、一つの流派にはまってしまったり、あるいは、異なる意見と情報の洪水に翻弄される前に、一読をお奨めしたい一冊である。

著者の用意周到な、論旨の展開は、ギャンブルに臨んで、頭に血がのぼっている読者をまず、十分にク-ルダウンしてくれる。例えば、こんな風に。

証券会社は長年、株はギャンブルという偏見と戦ってきた。そのため、これまで日本経済は間接金融によって支えられたきたが、これからは個人投資家が直接金融によって市場経済を支えて、社会を豊かにしていくという美談を喧伝する。誰でもわかる三段論法でいうと、ギャンブルはうさんくさい。株式投資はギャンブルじゃない。だから株式投資気はうさんくさくない。

この論法には、やはり、事実を隠微してしまうゆえに人々を納得させない。橘氏は、株式投資が、競馬や、宝くじとは比類ないギャンブル性を備えたものであることを、単純な計算でも自明であると説明し、次の三段論法であるはずと記す。

ギャンブルはうさんくさくない。
株式投資はギャンブルである。
だから、株式投資はうさんくさくない。

実のところ、橘氏は、単にうさんくさいものを対岸から批判しているわけではなく、まだ、インターネットで証券取引ができなかったころに、インターネットで米国の証券会社と先物取引の口座を開き、100万円頭金を1億円にすることにチャレンジしたことがあったのだった。橘氏が1ヶ月でその投資をやめたのは、損をしたからではなく、その値動きが気になって、夜もモニターから目が離せず、就寝中も仕事中も、今も暴落しているのではと強迫観念にとらわれてしまい、精神的にも肉体的にもまいってしまったからだという。橘氏のシミュレーションでは、氏の投資ルールどおりやっていれば、その1月先には2億円を手にしていたことになるが、その一方、その年末には、ポジションを清算していなければ、7億円失っていたことになるそうだ。

このような危うい経験と冷静な視点から、堅実な投資の実践として、人的投資と不動産(住宅)と世界市場ポートフォリオという視点でのお金の運用をささやかに提案する。

人的投資を、橘氏の切り口で説明すると、平均サラリーマンの生涯賃金を3億円、長期金利を1.5%とするとき、新入社員は2億円、50歳では1.6億円のサラリーマン債券を所有していると表現される。歳とともに、債券の価値が下がっていくのは”はたらく”という人的資本の価値が減っていくことに他ならないが、減衰の傾向が低いのは、年功序列の給与体系の表れほかならない。

さらに、橘氏は、冷静かつ現実的に、生涯で一番高い買い物である、住宅の購入が、本人は投資という意識がないながら、不動産投資というリスクをとる行動をしていることを指摘する。その上で、住宅ローンの負債をかかえながらの、ささやかな資金ベースでの数パーセントを利ざやを捻出するために、個人投資にやっきになっている行動の過剰反応を冷静に示すのであった。

橘氏の運用のお奨めは世界市場のポートフォリオである。ある意味、これは一番、リスクヘッジされた手堅い運用であろう。個別銘柄の上げ下げに一喜一憂することなく、日本の経済の好調、不調に依存せず、中国やインドならばもっと...と色気をだすことなく、過去20年平均年利5%の成長の実績があり、リスクとしては、最大、月20%減がある事を紹介している。

世界市場ポートフォリオの組み方、運用に関しては、運用を考える読者の選択・判断するの余地は、まだ、いろいろあると思われるが、個別銘柄の投資情報に翻弄されるよりは、よりマクロかる冷静な視点で運用を考えていく健全性を感じる。

著者の今後の著作活動も楽しみとするところである。

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あまり好むところではないが 国家の品格 藤原 正彦

国家の品格
国家の品格
posted with amazlet on 06.01.27
藤原 正彦
新潮社 (2005/11)

国家の品格って美人よりも心のやさしい女性みたいに聞こえる

往年の大作家、新田次郎氏の血をひく数学者である著者による日本への警句エッセイといったところか、バブル崩壊後の話題になった清貧の思想に似た感想をもった。資本主義、社会主義というイデオロギーの垣根のなくなったところに、米国流の市場原理が日本に浸透した結果、日本人は勝ち組、負け組という二項分類の単一の価値感しかうけとめざるを得ない錯覚に翻弄されている。それが、これまで日本の経済などに意見を掲げることもなかった東大の岩井克人氏から、中沢新一、村上龍、橋本治といった面々までが、市場原理だけでよいのかという異議申立ての論考が批評空間として成り立つほどである。

著者の市場原理に拮抗する思想は品格という。これにはいささか疑問をもたざるを得ない。なぜなら、目に見える美人とそうでない人という価値判断を、やっぱり人は外見や収入でなく、器量や内面が大事だという理想女性論に近い、実でまけても心で勝つという武士道につながってしまうからだ。

レビュアーとしてはむしろ、橋本氏や池田清彦氏のように、勝ち負けという二項分類からはみだして、多種多様な価値観の共存の中で、孤高の私的な普遍価値観を各自が自助努力で確立していくことこそ重要に感じる。

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乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない 橋本治

欲望は世界に動かされている

確かにおかしな時代であると思う。天才橋本治氏をして,市場原理を考えなくなってしまった事、自体がそれを象徴していると思う。本書は、橋本氏によると「わからない」という方法、「上司は思いつきでものを言う」に続く三部作にあたるとの事で、一貫して、経済といかに生きていくべきかという論考を、本書でも、橋本氏一流の、結論もわからないまま書き始め、曲芸のような力量で、市場原理に支配された社会をやっぱりどこかおかしいよなと軽妙に話を進める。

書き出しは、貴方は勝ち組、負け組という二項分類という1つの価値観にすぎないものさしを、唯一の価値観にあてはめる社会への異議申立てを、平易は比喩としての、日本史の守護から戦国大名までの、新興価値組との対比で、滑らかに考察する。

そして、誰かがなんとかしてくれるという支配者に依存した国民に、国の主権はあなたたちでしょうと、まっとうな経済循環のヒントを考察する。例によって、橋本氏の著作では誰か偉い先生の言説の引用はなく,一切が自分の言葉で考察しているが、潜在需要を追い求めて、フロンティアの市場を蚕食してしまった結果、欲望が経済を動かすのではなく、欲望はもはや世界に動かされていると、見事に、現代思想でも明らかにしている欲望のキャナライゼーションという見解にまで結論づけている。

橋本氏一流のさらなる考察では、勝ち組、負け組という唯一の価値観から逃れて、生きていくヒントとして、かつて貧乏だった時代には必要に応じてしなければならなかった「我慢」という行動を、現代では「いるかいらないかわからない」欲望を「我慢」することが「現代に抗する力」であると結んでいる。

課題は自分の頭で考えてという一貫したテーゼの元、文末は「後はよろしく」と橋本節は健在である。

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金融史がわかれば世界がわかる

金融史がわかれば世界がわかる―「金融力」とは何か
倉都 康行
筑摩書房 (2005/01)
売り上げランキング: 34,235
おすすめ度の平均: 4
4 コンパクトにまとまった金融史
5 久しぶりに面白い金融の本でした
5 金融の歴史観を学ぶ

金融の歴史がコンパクトに凝縮

人が経験からしか学べないように、社会も歴史の教訓からしか学ぶ事ができない。という点において、21世紀の経済を考える上で、さけて通れない金融経済をその歴史を知ることで、これから先どうあるべきか考える上でも本書は有効である。

おそらく、ハードカバーにすればかなりの情報量が簡潔に整理され、コンパクトにまとまっている。
近代的金融の始まりは英国が、植民地等との貿易において、商品の受け渡しのバイパスとして支払いの信用代行機関として発達した。当然、パックスブリタニカの時代は基軸通貨はポンドである。この伝統が、今もなお、金融の取引拠点としてロンドン市場が衰えを見せない証拠であろう。

やがて、英国も植民地の経済成長とともに覇権の座を米国に譲るのであるが、歴史という視点で興味ぶかいのは金融の歴史、金、銀との兌換性との関わりの変遷を経て、自国の実質経済と金融経済は当に双子のような軌跡を歩む。

米国の金融は、英国とは微妙に傾向が異なり、ロックフェラー、モルガン等の著名な大富豪が金融資本として米国の産業インフラのバックボーンとしての、私営米国銀行の色彩も強かった。

そして現代の金融派生商品という新しいビジネスをスワップ、オプション、証券化などの巧みな技術で作り上げたのが米国経済における、産業資本主義衰退後の、台頭である。

FRBの影響力、為替変動リスクの相殺も1つの目的としたユーロ、ドルとのペッグがはずれ、事実上も変動相場性に移行した人民元への言及もふまえており、濃密な内容の新書である。
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岩井克人氏ライブドア買収を斬る 会社はだれのものか

会社はだれのものか
会社はだれのものか
posted with amazlet at 05.07.30
岩井 克人
平凡社 (2005/06/25)
売り上げランキング: 127
おすすめ度の平均: 3.27
5 真面目な質の高い本
4 資本の質の変化!?
3 前作のインパクトに比べるといまいち。

株主主権論を論破

前著の「会社はこれからどうなるのか」はお奨めの良書であったが、レビュアーだけでなく世間でも反響は大きかったようで、岩井氏への講演、セミナーがあいついだ。本書は前著の続編として、会社論を平易、根源的かつ現実的に考察している。

冒頭、前著の復習として会社は株主が法人である会社を所有し、法人である会社が従業員や設備やキャッシュの会社資産を所有する二階建て構造論を展開する。その上で、グローバルスタンダードとして跋扈している米国の株主主権論も株主軽視の日本的会社も同じ二階建て構造の上半分と下半分だけをとらえているものであり、米国でも日本的経営の時代があり、日本でも1920,30年代は株主の力が強かったことを主張し、二項分類にありがちな袋小路からの視点の移動を促す。

そして本論のテーマとして岩井氏の提唱してきた”ポスト産業資本主義”の時代では具体的に会社はどうあるべきかの課題を平易に論考する。ポスト産業資本主義の時代では差異だけが利潤をもたらすので、顕著な例として金融経済が会社の買収や金融派生商品を生み出して、世界の経済がずたずたになっていくように世間一般に危惧するところであるが、岩井氏はお金の力が弱くなってきている証拠であると持論を展開する。まさにデリバティブは文字通り金融から派生したおまけのような存在なのである。

そして考察は木村剛氏が得意なCSRに移る。かのフリードマンは会社に社会的責任があるとしたらそれは利益を生み出すことだと述べたという。レビュアーも同感に思っていた。岩井氏はCSRバブルに懸念を示しながら、CSRで肝心なのは、まず会社が何かという主語が欠落したまま、行動の倫理が一人歩きし、世の中の会社はCSRは長期的にお得であるという、まさに”情けは人のためならず”のような、日本人の典型的な公的資格好きのあらわれを見る。

岩井氏の結論としてCSRが重要なのは法人がヒトと同等の人格・権利・義務を有するのであれば、(もちろん現代社会はヒトという種だけが権利をもつのであって、木は法廷にたてないのであるが)、CSRはヒトとしての法人の社会の義務であると結ぶ。つまり法人=会社はヒトなのである。ここでタイトルの答えがでる。

会社は「社会のもの」なのである。

後半は3人の方との対談である。名経営者、小林陽太郎氏との対談は実務とアカディミズムのトップ同士がレベルの高い議論を展開し、興味深かった。新産業創生に尽力される原氏が期待をよせるPUCは既存のWINTELとの違いにはいささか疑問をもった。

名経営者の松下幸之助氏はいみじくも語っていた。”会社は社会の公器”。”起業は人なり”。池田清彦氏は社会は道具であると述べていた。レビュアーはヒトが公の道具として使える会社の早期実現を望みたい。

世の中で会社に係っている人々、全員に読んでほしい最良書である。本書で岩井氏の著作に出会った方は過去に遡って、専門書まで読んでみられる事もお奨めしたい。
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司法試験指導のカリスマ 伊藤真の民法入門

伊藤真の民法入門―講義再現版
伊藤 真
日本評論社 (2005/04)
売り上げランキング: 9,546
おすすめ度の平均: 5
5 司法試験指導のカリスマによる民法の良書

司法試験指導のカリスマによる民法の良書

本ブログで硬軟、理論から実務までジャンルを越えて経済活動についてブックレビューしてきた。金融の立場からは経済とはリスクの交換であり、貨幣論の岩井氏は差異が利潤の源泉と説き、人類学の中沢新一氏は贈与から「人の想い」の消滅したのが交換であると説いた。

さて、売買の経済活動を法律で記述するとどうなるのか。民法の財産権では甲の支払いの債権と乙の商品引渡し債権という相互の権利の発生と説明される。本書は司法試験受験スクール 伊藤塾を起業した伊藤真氏による民法の入門書である。

レビュアーには法律は恣意的に定められた退屈なルールという偏見があるが、本書では法律を学ぶ事を志している人々に条文の羅列の教科書に挫折する前に一読に値する良書である。極めて平易に民法の構造体系が説明されている。

法学部の学生さんからロースクールの受験者には必携。一般社会人にも自己啓発だけでなくマンションを購入する前に担保と抵当権と質権を覚える実務書としても役立つ。

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さおだけ屋はなぜ潰れないのか?

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学
山田 真哉
光文社 (2005/02/16)
売り上げランキング: 6
おすすめ度の平均: 4.15
4 メインは「身近な疑問からはじめる会計学」
4 経営の見方
1 バラエティ化する世の中…

金勘定の基礎についての読み物

この1冊で決算書や会計制度のことがよくわかるというよりは、社会で商売を営んでいく、金勘定を会計という視点で捉えた読み物である。会計学の説明のレベルと精度について問題視する読者もいるようだが、学生さんや新入社員の方には肩こらずに楽しめる本でないかと思う。

さおだけ屋がなぜつぶれないかに関しては冒頭で、さおだけを売るという昔ながらの御用聞きの商売が、お客さんのさおだけにとどまらない、家屋の修理やメンテナンスなどの問題解決の斡旋、現代流にいうならばコンサルティングを行うからという主旨で触れている。

タイトルのネーミングはうまいと思うが、さおだけ屋についてのそれ以上の深い考察があるわけではない。
この点も羊頭狗肉と読者の評価の分かれる所と思うが、読み物としての内容に満足すればそれはそれでよいのではないだろうか。
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スティグリッツ 非対称情報の経済学

非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学
薮下 史郎
光文社 (2002/07)
売り上げランキング: 28,902
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 4.11
5 経済学の標準的な教科書に盛り込まれるべきだ
4 行動と実践・・日本の学者とは大違い
4 ていねいで読みやすい

情報の非対称性によって市場は均衡しない

本サイトでも何度か紹介した2001年ノーベル経済学受賞のスティグリッツ氏の研究成果について直弟子の、藪下氏が平易にまとめたのが本書である。ノーベル賞の業績を一般人に啓蒙書としてまとめあげるのは容易な事ではないと思うが、現実派で明晰なスティグリッツ氏の研究スタイルと直弟子の藪下氏をして、成し遂げられた業績と考える。

研究テーマは「非対称情報の経済学」である。

スティッグリッツ氏はアダム・スミスを祖とする新古典派経済学の市場原理による市場の自律的均衡の限界を指摘する。それはミクロ経済学の入門書の定番となっている需要と供給が均衡点で交差するモデルが現実の経済活動を正しく表現できない(できなくなってきた)理由として3つの前提条件の欠落を指摘する。

第一が商品の同質性である。従来、完全競争市場では商品はどのメーカーのものでも同質であることを前提として。需要と供給の関係を考察する事ができていた。ところが、地ビールや、特定のブランドの銘柄を好む消費者からなる市場では、商品の同質性はなりたたない。

第二が情報の完全性である。仮に商品そのものの同質性が確保されたとしても、それを販売する価格などの情報は場所や情報の格差によって成立しにくくなっている。本書では特に、この点に関してわかりやすい例で後半に説明がなされている。

弟三が所有権である。従来の経済学では売買による所有権の移動は当然の事としていたが、昨今の経済活動では所有権に対しても環境や公害などの社会的要因によって、単純に移動するものではなくなり、社会の保護を必要とする場合も生じている。

上に掲げた二番目の事項を中心にして、スティッグリッツ氏の「非対称情報の経済学」が従来、経済学が考慮、説明できていなかった経済活動を、平易に例をあげて説明する。

1つの例は中古車市場である。従来の需要曲線では価格が高いと需要は減り、価格が低いと需要は増えていた。ところが、中古車市場(ネット通販やオークションもあてはまるとレビュアーは理解)では個々の中古車の欠陥に対する情報が供給側は熟知していて、購入側は情報がないという”非対称”ゆえに、消費者の行動心理として安いもの=何か欠陥があるだろうと判断することになる。

すると、これまで”X”字型に交差していた需要と供給の関係のグラフ上で需要は”つ”と”/”の2つの線からなる需要、供給の関係のグラフと化す。しかも、この2つの線が接点をもたない時、市場(取引)は成立しないことになる。

二つ目の例は保険市場であり、情報の非対称性が需要側と供給側で逆転する。つまり、保険会社は個々の加入者の(健康状態、事故など)リスクは把握できないが、加入者はリスクをより高い精度で把握している (リスクを予測できるという意味ではなく、生活習慣としてのリスク管理に慎重か無関心かの意志)

このような事例はIT化・グローバル市場でも解決できない、逆にますます、現象を助長することになり、保険・医療補助制度などでは、加入者が保険にはいっているゆえのモラル・ハザードとしての医療費の乱用が発生しうる。

レビュアーが米国で体験した例として、車の自賠責保険の掛け金レートは居住区によって異なる。これは個々のドライバーのリスクは把握できなくても、地域によるリスクの差は把握できるからである。また、医療費は全額、個人が負担し、還付は健康保険会社へ請求によって行われる。(これが半年以上の歳月を費やすのである...) 保険会社は病気に対する医者の治療費の妥当性を判断して、過剰な医療行為、投薬に対しては還付を行わないものとなっている。

非対称性経済学の視点による、昨今の話題の成果主義に関する指摘も興味深かった。業績の結果だけが評価される成果主義では、売上げが芳しくなかった場合に、たとえばセールスの社員の能力・努力不足によるものなのか、市場需要の落ち込みによるものなのか、明らかにできない非対称性情報の構造が存在する。そのような構造の上に成果主義を導入すると、労働者は生産量、販売高といった数字の向上だけに注力するため、生産物・販売の質の低下を引き起こす可能性があると述べられている。

スティッグリッツ氏の提唱する「非対称情報の経済学」で指摘される経済活動の歪みと競争原理が自律的に均衡に収束しないことは納得するところが多かったが、いずれの事例も政策やしくみで解決できるのではないかと、素人ながら感じた。欠陥車を売る中古車ディラーは市場淘汰されるリスクは高いし、安くて質のよい中古車ディーラー(オークション出品者も同様)も第三者の評価によって自浄されていくのではないだろうか。保険のリスクに関しては、消費者が掌握できている情報もあれば本人も保険会社も予見できないようなリスクは、一寸先は闇としてさけられないとは思う。その中でリスクとお金を交換する市場が成立しているのではないだろうか。

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ブランドの達人 嗜好マーケティングはジャンルを越えて

ブランドの達人―3万人のブランドデータバンク
WATER STUDIO+EP‐engine
ソフトバンクパブリッシング (2004/10)
売り上げランキング: 18,205
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 4.56
1 おいおい・・・・
5 この本は良い!
5 ブランドをデータで把握・OKです!

 嗜好はジャンルを超える  

この本はマーケティングの参考書としてだけでなく、トレンド雑誌のよくできた特集のように抜群におもしろい。個人のテイスト、嗜好は商品ジャンルを超えて相関関係があることをブランドマーケティングのリサーチによって統計的に実証している。

その分析方法はコンサーバティブからアバギャルドという軸とヤングからアダルトという軸による2次元のマップ状に世の中の各種、個人のスキなブランドが位置づけられている。中心にカジュアルで大多数の一般人のマーケットになる。

さらに、この2次元マップ上で同じ場所に位置するブランドカテゴリーに属する服のブランドをスキな人はパソコン、車ならこんなブランドが好きという具合にして、数十人のブランド好き人間図鑑を作成していて、これが星座占いや血液型の類よりも興味深く人物像を描いている。

例えばIBMのThinkPadが好きな人はこれで絶対間違いないという自負をもっていて、平均年収は高い。洋服はユニクロから高級ブランドまでこだわらない。時計はオメガ、TVは見ないがしいていえばNHK,車はレガシー、PCはアップルが好きな人は...といった感じである。

何年か前にPanasonicとトヨタとコクヨ?が共通ブランド”will”を作り、モノの中身よりも見た目のおしゃれをコンセプトに協業したが、大成功というニュースは聞かなかった。これもこの本を読めば、”おしゃれ”の嗜好性が別々だったからではないかという事が納得できる。

本書はニッサンのPAO,SEIKOのアスタリスクブランドで一世を風靡したコンセプタ坂井直樹氏のブランディングコンサルティング調査会社他による編さんである。

消費社会では”A man is known by the items who keeps"という事だろう。

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