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カッコ悪く生き延びる国の選択はなかったのか 小説太平洋戦争 3

小説太平洋戦争 (3)
小説太平洋戦争 (3)
posted with amazlet on 05.10.04
山岡 荘八
講談社 (1983/01)
おすすめ度の平均: 5
5 カッコ悪く生き延びる国の選択はなかったのか

カッコ悪く生き延びる国の選択はなかったのか

この種のテーマはゴーマニズムでイデオロギーと史実の有無が水かけ論になっていてあまり関わりたくないのだが、本小説の総括的な感想を記してみたい。

山岡氏のリアルな記述で浮かび上がってくる将軍たちが、読後もよみがえってくる。それぞれ立派で鎮魂の念をささげたい将軍の武士道の精神の方々である。ただその武士道の「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」(葉隠)へは一点の疑問を問いかけずにはいられない。葉隠の解釈論として現世の戦いで負けてもあの世で勝つという、勝負の土俵をひっくりかえして勝ち負けを隠微、納得させてはいないだろうか。カッコ悪くても負ける、捕虜になっても、国も家もなくなっても、占領国民でも、奴隷でも生き延びるというのはいけないのだろうか。戦争のある時代もない時代でも多かれ少なかれ人は挫折し、カッコ悪いこともある。少なくとも著名な社会学者が指摘した恥の文化の一端を感じてしまう。

もう1点、感じさせずにはいられないのは、はどこかの戦いで和平に持ちこんで集結させるタイミングはなかったのろうかという点が心に残る。顛末と結果を知った上で、神の立場で小説の登場人物の行動を読みすすめていくと、ここで止めてほしいというポイントがスポットのように現れる。ミッドウェイ以前ならば可能だったろう。占領国になってしまえばどうなるかわからないという恐怖が大本営から国民まで一貫した感情だったのだろうか。そのあたりは当事者でなかったレビュアーにはわからない。

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