« 無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 網野 善彦 | Main | 富士通・池田敏雄の生と死を知っていますか »

スティグリッツ 非対称情報の経済学

非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学
薮下 史郎
光文社 (2002/07)
売り上げランキング: 28,902
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 4.11
5 経済学の標準的な教科書に盛り込まれるべきだ
4 行動と実践・・日本の学者とは大違い
4 ていねいで読みやすい

情報の非対称性によって市場は均衡しない

本サイトでも何度か紹介した2001年ノーベル経済学受賞のスティグリッツ氏の研究成果について直弟子の、藪下氏が平易にまとめたのが本書である。ノーベル賞の業績を一般人に啓蒙書としてまとめあげるのは容易な事ではないと思うが、現実派で明晰なスティグリッツ氏の研究スタイルと直弟子の藪下氏をして、成し遂げられた業績と考える。

研究テーマは「非対称情報の経済学」である。

スティッグリッツ氏はアダム・スミスを祖とする新古典派経済学の市場原理による市場の自律的均衡の限界を指摘する。それはミクロ経済学の入門書の定番となっている需要と供給が均衡点で交差するモデルが現実の経済活動を正しく表現できない(できなくなってきた)理由として3つの前提条件の欠落を指摘する。

第一が商品の同質性である。従来、完全競争市場では商品はどのメーカーのものでも同質であることを前提として。需要と供給の関係を考察する事ができていた。ところが、地ビールや、特定のブランドの銘柄を好む消費者からなる市場では、商品の同質性はなりたたない。

第二が情報の完全性である。仮に商品そのものの同質性が確保されたとしても、それを販売する価格などの情報は場所や情報の格差によって成立しにくくなっている。本書では特に、この点に関してわかりやすい例で後半に説明がなされている。

弟三が所有権である。従来の経済学では売買による所有権の移動は当然の事としていたが、昨今の経済活動では所有権に対しても環境や公害などの社会的要因によって、単純に移動するものではなくなり、社会の保護を必要とする場合も生じている。

上に掲げた二番目の事項を中心にして、スティッグリッツ氏の「非対称情報の経済学」が従来、経済学が考慮、説明できていなかった経済活動を、平易に例をあげて説明する。

1つの例は中古車市場である。従来の需要曲線では価格が高いと需要は減り、価格が低いと需要は増えていた。ところが、中古車市場(ネット通販やオークションもあてはまるとレビュアーは理解)では個々の中古車の欠陥に対する情報が供給側は熟知していて、購入側は情報がないという”非対称”ゆえに、消費者の行動心理として安いもの=何か欠陥があるだろうと判断することになる。

すると、これまで”X”字型に交差していた需要と供給の関係のグラフ上で需要は”つ”と”/”の2つの線からなる需要、供給の関係のグラフと化す。しかも、この2つの線が接点をもたない時、市場(取引)は成立しないことになる。

二つ目の例は保険市場であり、情報の非対称性が需要側と供給側で逆転する。つまり、保険会社は個々の加入者の(健康状態、事故など)リスクは把握できないが、加入者はリスクをより高い精度で把握している (リスクを予測できるという意味ではなく、生活習慣としてのリスク管理に慎重か無関心かの意志)

このような事例はIT化・グローバル市場でも解決できない、逆にますます、現象を助長することになり、保険・医療補助制度などでは、加入者が保険にはいっているゆえのモラル・ハザードとしての医療費の乱用が発生しうる。

レビュアーが米国で体験した例として、車の自賠責保険の掛け金レートは居住区によって異なる。これは個々のドライバーのリスクは把握できなくても、地域によるリスクの差は把握できるからである。また、医療費は全額、個人が負担し、還付は健康保険会社へ請求によって行われる。(これが半年以上の歳月を費やすのである...) 保険会社は病気に対する医者の治療費の妥当性を判断して、過剰な医療行為、投薬に対しては還付を行わないものとなっている。

非対称性経済学の視点による、昨今の話題の成果主義に関する指摘も興味深かった。業績の結果だけが評価される成果主義では、売上げが芳しくなかった場合に、たとえばセールスの社員の能力・努力不足によるものなのか、市場需要の落ち込みによるものなのか、明らかにできない非対称性情報の構造が存在する。そのような構造の上に成果主義を導入すると、労働者は生産量、販売高といった数字の向上だけに注力するため、生産物・販売の質の低下を引き起こす可能性があると述べられている。

スティッグリッツ氏の提唱する「非対称情報の経済学」で指摘される経済活動の歪みと競争原理が自律的に均衡に収束しないことは納得するところが多かったが、いずれの事例も政策やしくみで解決できるのではないかと、素人ながら感じた。欠陥車を売る中古車ディラーは市場淘汰されるリスクは高いし、安くて質のよい中古車ディーラー(オークション出品者も同様)も第三者の評価によって自浄されていくのではないだろうか。保険のリスクに関しては、消費者が掌握できている情報もあれば本人も保険会社も予見できないようなリスクは、一寸先は闇としてさけられないとは思う。その中でリスクとお金を交換する市場が成立しているのではないだろうか。

投稿

皆さんのクリックが励みです→人気本・読書blogランキング ありがとうございました。

|

« 無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 網野 善彦 | Main | 富士通・池田敏雄の生と死を知っていますか »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61482/4457195

Listed below are links to weblogs that reference スティグリッツ 非対称情報の経済学:

« 無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 網野 善彦 | Main | 富士通・池田敏雄の生と死を知っていますか »