« スティグリッツ 非対称情報の経済学 | Main | イスラムを知る イスラムに教えられる エニアグラム »

富士通・池田敏雄の生と死を知っていますか

日本コンピュータの黎明―富士通・池田敏雄の生と死
田原 総一朗
文芸春秋 (1996/01)
売り上げランキング: 93,300
在庫切れ

富士通・池田敏雄の生と死を知っていますか

社会にPC、インターネットが普及し、一方、コンピュータ技術者もWindowsプログラミグやUNIXの事はよく知っている時代になったが、パソコンマニアも日本のコンピュータ産業史は意外と知らないのではないだろうか。本書は戦後、IBMが巨人として台頭していた時代に日本のコンピュータ産業に礎を築いた富士通の技術者、池田敏雄氏の評伝である。

 戦後、政府は国内産業の育成・発展のため、自動車業界でもコンピュータ業界でも、企業の合弁、協業を図ろうとした。弱小メーカーが分散していては既存の米国のメーカーとは戦っていけないとの判断があったからである。昭和40年代にコンピュータ産業の国策化を担当したのが後に大分県知事となった平松氏である。その平松氏が合弁・協業の相談を持ちかけたのが当時、大型計算機の売上げが販売内訳の主力であった富士通の一取締役であった池田氏であり、池田氏の発言が平松氏の政策案に大きく影響を与えたのであった。
 
 池田氏は数学の天才で、富士通に入社し、人員削減の窮地の経営状態の中で、上司の課長の小林氏の元、アンダーグラウンドで、コンピュータの開発に没頭する。そののめりこみは、寮や合宿所となった社外の個室にこもって、設計回路図を延々と書きつづけ、会社にもでてこないという、異例のものだった。池田氏の書いた設計図を引き継いで形にしていったのが、後に会長となる山本卓真氏である。このような協力者のもと、富士通はリレーを使って計算機の事業化に至るが、巨象のIBMも真空管からトランジスタ、ICと次々と高速デバイスで立ちはだかってくる。富士通もデバイスを高速化していくが、最後にIBMに対抗するためコンピュータのLSI化技術をもったアムダール社と提携を行う。

 池田氏のコンピュータ開発の全速力の人生は、氏の身体に大きな負担をかけていた。アムダール社を空港に迎え、幹部と握手した直後、池田氏はクモ膜下出血で倒れ、51歳の若さで早世してしまうのであった。彼が生きつづけていれば、その後の日本のコンピュータの歴史も変わっていたかもしれない。

 数学・論理の天才の彼が言わしめた言葉は印象に残る。“コンピュータの発展というのは。1つの合理的なかたちで発展を遂げるほど単純なものじゃないんですね…” 

皆さんのクリックが励みです→人気本・読書blogランキング ありがとうございました。

|

« スティグリッツ 非対称情報の経済学 | Main | イスラムを知る イスラムに教えられる エニアグラム »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61482/4485494

Listed below are links to weblogs that reference 富士通・池田敏雄の生と死を知っていますか:

« スティグリッツ 非対称情報の経済学 | Main | イスラムを知る イスラムに教えられる エニアグラム »