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科学とオカルト―際限なき「コントロール願望」のゆくえ

科学とオカルト―際限なき「コントロール願望」のゆくえ
池田 清彦
PHP研究所 (1998/12)
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5 科学もオカルトも両断斬り侍
4 オカルトと科学万能主義を同時に批判
3 なぜ人はオカルトを必要とするのか


科学もオカルトも両断斬り侍

一般人は「オカルト」とは超常現象の事だと認識しているが、それは間違いである。「オカルト」とは近代科学が現れる前の時代の経験秘伝のサイエンスであった。合理主義者デカルトは最後のオカルト主義者と呼ばれている。

オカルトとそれを母体として生まれた近代科学の違いは何か。それはオカルトが理論的な根拠のない経験の秘伝であった事(特許のない時代であれば当然だろう)。近代科学は理論をベースに繰り返し起こる現象を再現して説明できる事にある。この点で近代科学は公共性を獲得し、社会に有益なものとなった。逆にいえば近代科学は貴方の人生の意味などという宇宙の中の一回だけの現象に答えをだすことはできない。それゆえに科学者は説明できそうな反復性のある事だけを研究することになる。そうでないと成果も論文も生産して評価されないからである。(大学の先生にそっと訊ねてみれば自明である)

中世オカルトの典型例に錬金術がある。卑金属から金を生み出す手法の事である。錬金術は近代科学の観点からみればいんちきとは言えないと著者は論ずる。なぜならば、宇宙が成立した巨大なエネルギー環境では元素が別の元素に変化したのであるから、理論的に実験で錬金術は科学として成立しうる。ただし、それだけの実験環境を作ることは不可能に近い。

近代科学万能の時代になって生まれた人々はすべてが科学で説明のつくという錯覚=幻想をもってしまった。ところが先の金の合成も物理学の大命題の大統一理論や組みひも理論の実証は社会的コスト上不可能なものとなり、また、公共性を確立した科学の細分化により論文執筆者と論文の査読者しかわからないという公共性のパラドックスを生み出してしまった。ここに科学の限界を池田先生は指摘する。

科学が「かけがえのない自分探し」の答えをだしてくれないことに気づいた優秀な若者たちはオカルトにその答えを求めるようになる。それがカルトである。いわば近代では科学とオカルトは表と裏の関係で、科学の説明できない領域をオカルトが説明することとなり、世界のすべてはこの2つで相互補完して説明可能になってしまった。

これは人間の万能コントロール欲望の結果と池田氏は指摘をしている。

レビュアーの付け加えるところはほとんどない。正に的を得た名著と評価する。あえて考察するに、ヒトが言葉を発明し、「神」を創造した理由として、古代人のコントロール欲望が「神」に託されて、生み出されたのではないかと考える次第である。

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